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増田セバスチャンが可愛い!難聴を克服?結婚や壮絶な生い立ちとは!

      2016/01/17

増田セバスチャンといえば、1995年、原宿にアパレルショップ「6%DOKIDOKI」をオープン。

きゃりーぱみゅぱみゅの「PONPONPON」のミュージックビデオの美術で世界的に注目を集めました。

2014年には、初の映画監督作品「くるみ割り人形」が公開される。

そんな増田さんについて調べてみました。
 

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増田セバスチャン増田セバスチャン
プロフィール
本名:増田ひろし
生年月日:1970年8月7日
出身地:千葉県松戸市
 

増田セバスチャンがかわいい!

 
6%DOKIDOKI6%DOKIDOKI

カワイイにこだわり続け、1995年から原宿「カワイイ」カルチャーの第一人者です。

そのポップさは、熱狂的なファンを生み、海外のファンも多いといいます。
 
幼少期に音のない世界で生きてきた増田さんには、他の人には見えない、色彩があるようです。

それが、カラフルでカワイイ世界を作っているみたいですね。
 
増田セバスチャン増田セバスチャン


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増田セバスチャンが難聴を克服した?

増田さんは幼少の頃から難聴でした。

でも、まわりの大人達が増田さんの難聴に気付いたのは、幼稚園に入った時。

普通の人のように生活できるようになったのは小学校に上がるくらいだったそうです。

耳が聞こえないことで周囲と関わることができなかったそうです。

今は聴覚が回復しているようですが、高い音など、聞こえない音があるそうです。

増田さんは「音のない世界でいきていたので、人より見えている色の数もすごく多かった。

そういう経験が、今の作風にたぶん影響しているのではないかと思っている。」と語っています。
 

増田セバスチャンの結婚や生い立ちは!

調べてみたところ、結婚はしていませんでした。

自らの血脈に悩み、自分の因果を断ち切るために子供を作らないという生き方を選んだようですね。

これからも結婚することはないのかも!?本人も難しいと考えているようです。
 

増田さんは幼少期に、父親から虐待を受けていたそうです。

母親は彼が産まれた時から育児を放棄していたため、子供が難聴だということにすぐ気が付きませんでした。

また、妻の知らないうちに離婚届けを提出し、中国人の愛人と出来ちゃった再婚をした父親。

近くに刃物がないとパニックを起こしてしまうリスカ依存症の妹。

中国人を戦争で大量虐殺したことを孫に誇る祖父。

16歳で呉服屋主人の愛人となってしまった祖母など、大変な家庭で育ったそうです。
 

耳が聞こえないことで周囲と上手く関わることができなかった増田さんは、聴覚が回復してからも人付き合いは苦手で、不登校になってしまいます。

高校卒業後、新しい生活を求めて大阪に行きますが、何もかも上手くいかなくて引きこもる生活に。

そんな時に、出会った本が寺山修司「書を捨てよ町に出よう」で、東京に戻る決心をします。

その後、自己表現に目覚めた増田さんは、実験演劇の世界に入ることになります。

そして更なる自己表現の場を模索していく中で、オープンさせたのが「6%DOKIDOKI」

始めは、お店の売上げもなかなか安定せず、お店を閉めた後、他の仕事をしていたそうです。

ご苦労なさっていたんですね!
 

これからも私たちにカワイイくて華やかな世界を見せてくれるのではないでしょうか!

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 - アート

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